ネットに放たれた多くの言葉
その言葉の中から浮き上がって来る
「感覚」を受け止めながら感じるのは、
100人いたら100人が同じように
感じているのだろうか、ということ。
同じ場所にいて、同じものを味わい、同じものを見て
同じ時間を過ごしたとしても。
感じることは同じ空気、同じ味だと思えたとしても。
ひとつとして同じもののないのが感覚なのだ。
むしろ、違う人間なのだから、どこか異なる受け止め方を
する方が、ごく自然なことで、皆が同じように感じている
方が、むしろ不自然だとすら言えるのではいか。
違う受け止め方をするということを前提にすれば
いろいろなものが違うように見えてくるということ。
同じであることをよりどころにするのではなく、
異なるものの中に同じものを見出す喜びを、よりどころにする。
そんな感覚を分かち合うことは、そう簡単なことではないだろう。
探し、求めることをやめたら、決っして見つけることはできない。
鍵は自分にあるのだから。