いつも、深い思いを綴られている深雪さんの
深雪の日常のエントリ
「
爆裂奉仕(愛しい攻撃)」から。
達也さんが反応されると、あ~~嬉しいと思い、達也さんが喜ばれているのが、私に伝わってきて、私は感じます それは反応を伺いながら、奉仕しているのとは違います
このエントリを読んでいて、今まで頭の中でもやもやしていた
ものの一部が、ストンと型にはまったような感じがしました。
それは・・・
以前、
補完しあえる実感というエントリで
「与える喜びと、受け入れる悦びが混ざり合い、補完しあえる実感をもつことができる・・・」
という主旨のことを書きました。
補完というと、もともと持っていたもので、互いを埋めあうということ
を連想させ、どうも消極的なような気がしまして。
埋めあうことがゴールではなくって、むしろ、反響させて、
増幅させていてくのだなと。
相手の反応が、みずからの喜びの源となっていること、
わきでる喜びを感じている様子が、フィードバックされ、
連鎖していくこと。
行為の内容や方法論によらず、そういった喜びの連鎖を
見出すことができたら、こんなに嬉しいことはないと
思う今日この頃です。
はじめまして
コメントありがとうございました。
反響し増幅していうというスパイラルを実感されているのですね。
すばらしいことだと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いします。